こんにちは。
自分の研究室(研究所)では、だいたいの学生は研究所にいるプログラマーに解析プログラムの作成を依頼するため、自分でプログラミングに四苦八苦する必要はありません。
ただ、自分はこれにはすごい違和感を覚えました。
博士課程にいる間、または今の研究環境にいる間は、たしかにプログラマーに頼めますが、将来違う環境になったときに、自分で解析プログラムを組めないと、結局またプログラマーを雇わなくてはいけません。
それに、解析プログラムを作れなければ、自分の行っている解析がひとつひとつが理解できているのか、疑問です。他人が作ったプログラムを100%信頼することはできません。もしかするとどこかにエラーがあるかもしれません。
将来のことも考えて、自分はプログラミングを自分で勉強することにしました。
同僚はみなプログラミングを知らないので、本当に自分一人での勉強でした。
昨年の冬学期、初めてプログラミングの壁にぶつかってから一年弱。
今はようやく自分の研究の範疇なら自分で解析のプログラムを作れるようになりました。
この一年、わからないことがある度にとにかくネットで調べ、時間がかかりながらも少しずつ身に着けてきました。
大学院は成果が求められる、厳しいところです。
指導教官とともに目標を立て、期末になるとその成果を評価されます。
その評価が2期続けて基準に満たないと、博士課程から去らなければいけません。
別の研究室の同僚が、いまピンチです。
ずいぶん前から、指導教官から、プログラマーに頼ることなく自分でデータを解析しろと言われていたそうです。
プログラミングを勉強しなければとわかりつつも、なかなか手が出せずにズルズルと時間が過ぎ、ついに来週、指導教官にデータ解析の結果を発表し、その結果次第では退学となる段階だそうです。
彼はほかの同僚と同様に、プログラミングは全く知りません。
そして昨日、その同僚に助けを求められました。
おい、でも来週って・・・今日はもう土曜日だよ??
今日は午前中ジムで体を動かした後、午後はずっとその同僚のデータ解析の手伝いをしていました。バーチャルリアリティ(VR)を使ったkinematicsの研究なのですが、VRの出力とkinematicsの出力の両方を扱わなければならずとても苦戦しました。が、勉強になりました。
なんとか欲しいデータと図が導けたので、これで彼もひとまずは大丈夫だと思います。
大学院では、学校側は研究者になるための技能を獲得するすべてをサポートしてくれるわけではありません。それでも、自分の研究に必要な技能は求めてきます。
そのため、学生は自分に必要な技能は自ら学ぶことが求められています。
今日、同僚のデータ解析を手伝って、この一年の努力は無駄ではなかったんだと実感しました。
モントリオール在住大学院生の日々の記録です。 2017年に帰国しました。 2026年1月から作成しているnoteはこちら→ https://note.com/tomita_yosuke
2014年11月29日土曜日
2014年11月24日月曜日
ユダヤ式週末の過ごしかた
こんにちは。
モントリオールは移民が人口の多くを占め、人種、宗教、信条がとても多様です。
研究所のある病院も、ユダヤ人が作った財団によってできたリハ病院です。
入口には祭壇が(写真はとらないでおきました)
カフェテリアはコーシャ式エリアと一般エリアが分かれています。
食器も別々です。
院内には教会もあります。
ユダヤ系の病院だからなのかはわかりませんが、研究室の同僚にはユダヤ人がけっこういます。
先日、ユダヤ人の同僚の家でディナーに招かれました。
食べ物はスープ、パン、肉料理のメイン、サラダ、ワインで、とてもおいしくいただきました。
ユダヤ人は金曜の日没後からは伝統的なライフスタイルに戻り、なるべく電化製品を使わない生活をするのだそうです。敬虔なユダヤ教徒は金曜の午後はあらゆるスイッチやボタンも押さないようにするのだとか。
したがって、自分の所属する研究所のエレベータも、スイッチを押したくない人に配慮して、金曜の日没以降は、すべての階に止まります。
金曜の夜はディナーを食べた後、教会に行ってお祈りをするのだそうです。
そして、土曜は休日で、日曜はもう平日と同様に働くのだそうです。
土日が休日なのはキリスト教式の週末のシステムのようです。
宗教は本当に生活の一部のようです。
自分は特に信仰している宗教はありませんが、でも、考えてみたら日本でも正月の初詣や節句、節分、お盆やお彼岸など、生活に溶け込んでいてあまり意識しないけれども実は宗教が背景にある行事ってけっこうありますよね。
とくにカナダのような多様性のある社会を維持するには、いろいろな宗教を持つ人々の習慣や信条に敬意を持つのはとっても大事だと思います。
モントリオールは移民が人口の多くを占め、人種、宗教、信条がとても多様です。
研究所のある病院も、ユダヤ人が作った財団によってできたリハ病院です。
入口には祭壇が(写真はとらないでおきました)
カフェテリアはコーシャ式エリアと一般エリアが分かれています。
食器も別々です。
ユダヤ系の病院だからなのかはわかりませんが、研究室の同僚にはユダヤ人がけっこういます。
先日、ユダヤ人の同僚の家でディナーに招かれました。
食べ物はスープ、パン、肉料理のメイン、サラダ、ワインで、とてもおいしくいただきました。
ユダヤ人は金曜の日没後からは伝統的なライフスタイルに戻り、なるべく電化製品を使わない生活をするのだそうです。敬虔なユダヤ教徒は金曜の午後はあらゆるスイッチやボタンも押さないようにするのだとか。
したがって、自分の所属する研究所のエレベータも、スイッチを押したくない人に配慮して、金曜の日没以降は、すべての階に止まります。
金曜の夜はディナーを食べた後、教会に行ってお祈りをするのだそうです。
そして、土曜は休日で、日曜はもう平日と同様に働くのだそうです。
土日が休日なのはキリスト教式の週末のシステムのようです。
宗教は本当に生活の一部のようです。
自分は特に信仰している宗教はありませんが、でも、考えてみたら日本でも正月の初詣や節句、節分、お盆やお彼岸など、生活に溶け込んでいてあまり意識しないけれども実は宗教が背景にある行事ってけっこうありますよね。
とくにカナダのような多様性のある社会を維持するには、いろいろな宗教を持つ人々の習慣や信条に敬意を持つのはとっても大事だと思います。
2014年11月17日月曜日
Winter is comming!
こんにちは。
モントリオールは雪景色です。
気温は0℃前後とあまり寒くありません。
水分を多く含んだ重たい雪が積もっています。
この時期の雪は解けやすく、かえって歩くのには危険です。
モントリオールは雪景色です。
気温は0℃前後とあまり寒くありません。
水分を多く含んだ重たい雪が積もっています。
この時期の雪は解けやすく、かえって歩くのには危険です。
研究室を出たころには辺り一面すっかり雪景色です
いよいよウィンターブーツの出番です。
2014年11月12日水曜日
Potluck
こんにちは。
今日は研究法の授業のあと、クラスメイトでPotluck(持ち寄り料理のパーティ)を行いました。
なにしろ多国籍の学生から成るクラスですので、さまざまな料理がならびました。
ブラジル、トルコ、エジプト、カナダ、フランス、コンゴ、日本、フィリピン料理。
アレルギーや宗教などへの配慮を忘れないのも、カナダならではです。
ちなみに日本代表はちらし寿司を作りました。Potluckではたいてい、ちらし寿司を持っていきます。素さえあれば炊き立てのご飯に混ぜて、あとは厚焼き玉子とエビを別に用意しておくだけです。
こうすればベジタリアンの人でも好きなものをトッピングできて、しかも一応これも寿司なので、けっこう喜んでもらえます。
意外と肉料理(特に豚肉)は食べれない人も多いので、ベジタリアンの人も食べられるレパートリーをもう少し増やしたいと思うのですが、やはりちらし寿司の手軽さから、つい楽をしてしまい、なかなか進歩しません。
今日は研究法の授業のあと、クラスメイトでPotluck(持ち寄り料理のパーティ)を行いました。
なにしろ多国籍の学生から成るクラスですので、さまざまな料理がならびました。
ブラジル、トルコ、エジプト、カナダ、フランス、コンゴ、日本、フィリピン料理。
アレルギーや宗教などへの配慮を忘れないのも、カナダならではです。
ちなみに日本代表はちらし寿司を作りました。Potluckではたいてい、ちらし寿司を持っていきます。素さえあれば炊き立てのご飯に混ぜて、あとは厚焼き玉子とエビを別に用意しておくだけです。
こうすればベジタリアンの人でも好きなものをトッピングできて、しかも一応これも寿司なので、けっこう喜んでもらえます。
意外と肉料理(特に豚肉)は食べれない人も多いので、ベジタリアンの人も食べられるレパートリーをもう少し増やしたいと思うのですが、やはりちらし寿司の手軽さから、つい楽をしてしまい、なかなか進歩しません。
2014年11月10日月曜日
トロント、ナイアガラ旅行
こんにちは。
この間の週末で、1泊2日でトロント・ナイアガラへ旅行へ行ってきました。
モントリオール⇔ナイアガラの移動手段はたくさんあります。
1.バス
これが最も安い。ツアーなら$100以下で交通費、宿泊費込の場合あり。
移動時間は5~7時間以上のため、体力勝負。またツアーのため決まった場所にしか行けない。
2.電車
モントリオール⇔トロントはVIAにて。シーズンにより値段は異なりますが、今回は往復$220くらいでした。こちらは座席にWiFi接続、コンセント付きです。
しかも帰りは$6増しでビジネスクラスに乗り、食事とドリンクサービス付(アルコール含む)でした。
電車の旅はかなり良かったです!移動距離5時間程度なら、飛行機よりも良いかもしれません。
トロントで観光して、翌朝にナイアガラへバスにて移動。
こちらは往復で$29。安い。トロント⇔ナイアガラは1時間30分から2時間なので、十分我慢できます。
3.飛行機
これは最も早いが、値段が高い。往復$500くらいはするのでは。
モントリオール⇔トロントは1時間程度です。
ナイアガラの滝はオフシーズンのため空いていました。
気温はまだ5℃くらいはあり、まだまだ観光できる寒さでした。
滝壺に近づく船も、少し濡れますが着替えは必要ありませんでした。
落差は50mちょっとらしいですが、スケールがすごいです。
よく見ると、滝壺には鳥がたくさん飛んでいます。
この鳥たちは、滝に落ちて気絶した魚を食べるために集まっているのだそうです。
滝から落ちた魚の90%は生きて滝壺を泳いでいるとのことです。
この間の週末で、1泊2日でトロント・ナイアガラへ旅行へ行ってきました。
モントリオール⇔ナイアガラの移動手段はたくさんあります。
1.バス
これが最も安い。ツアーなら$100以下で交通費、宿泊費込の場合あり。
移動時間は5~7時間以上のため、体力勝負。またツアーのため決まった場所にしか行けない。
2.電車
モントリオール⇔トロントはVIAにて。シーズンにより値段は異なりますが、今回は往復$220くらいでした。こちらは座席にWiFi接続、コンセント付きです。
しかも帰りは$6増しでビジネスクラスに乗り、食事とドリンクサービス付(アルコール含む)でした。
トロントで観光して、翌朝にナイアガラへバスにて移動。
こちらは往復で$29。安い。トロント⇔ナイアガラは1時間30分から2時間なので、十分我慢できます。
3.飛行機
これは最も早いが、値段が高い。往復$500くらいはするのでは。
モントリオール⇔トロントは1時間程度です。
ナイアガラの滝はオフシーズンのため空いていました。
まだナイアガラは紅葉しています
気温はまだ5℃くらいはあり、まだまだ観光できる寒さでした。
滝壺に近づく船も、少し濡れますが着替えは必要ありませんでした。
落差は50mちょっとらしいですが、スケールがすごいです。
よく見ると、滝壺には鳥がたくさん飛んでいます。
この鳥たちは、滝に落ちて気絶した魚を食べるために集まっているのだそうです。
滝から落ちた魚の90%は生きて滝壺を泳いでいるとのことです。
2014年10月26日日曜日
ワード書式設定
こんにちは。
教授たちは、概して一年中忙しいものです。
何人もの学生のプロジェクトを束ね、学生の書いたさまざまな書類に目を通し、修正したりコメントしたりしています。
ほんのささいなことと思うかもしれませんが、行間の設定や余白、用紙のサイズなども鋭く指摘してきます。
先日初めて知ったのですが、英語(アメリカ)、英語(カナダ)では少なくとも、既定の用紙サイズはLetterであり、行間の設定も日本語とは異なります。日本語では規定値はA4で、そのまま英語で文章を打ち込むと行間はダブルスペースになってしまいます。
なんと今まで1年間気づかずに学生生活を送ってきました。
自分の教授はOfficeのワードをつかっています。日本語の設定のままではコメント欄もなぜかダブルスペースとなってしまい、「コメントがすぐにいっぱいになってしまう」と教授がイライラ。
たしかに、友人のレポートと比べてずいぶん行間が広いなという印象を持つことは多々あったのですが、あまり気にせず放っておいたら、今回、教授に指摘されました。文字数指定の場合はあまり関係ありませんが、枚数指定の書類作成の時には、ダブルスペースでは書ける内容が半分です。このまま気づかずにいたら、いつか大事な書類できっと大変な目に合っていたでしょう。。
結果としては、ワードの規定の言語を英語(カナダ)にするだけですべて解決しました。
おや?と思ったらすぐ調べることが大事だとよくよくわかりました。
日本はまだまだ暖かいでしょうか。
こちらはこの2週間くらいでぐっと秋が深まり、紅葉も終わり、だいたい樹も葉を落としてしまいました。Mont-Royalの地面は落ち葉で黄色い絨毯のようになっています。
Mont-Royalタイムトライアルも、雪が降るまでは続けたいと思います。。
教授たちは、概して一年中忙しいものです。
何人もの学生のプロジェクトを束ね、学生の書いたさまざまな書類に目を通し、修正したりコメントしたりしています。
ほんのささいなことと思うかもしれませんが、行間の設定や余白、用紙のサイズなども鋭く指摘してきます。
先日初めて知ったのですが、英語(アメリカ)、英語(カナダ)では少なくとも、既定の用紙サイズはLetterであり、行間の設定も日本語とは異なります。日本語では規定値はA4で、そのまま英語で文章を打ち込むと行間はダブルスペースになってしまいます。
なんと今まで1年間気づかずに学生生活を送ってきました。
自分の教授はOfficeのワードをつかっています。日本語の設定のままではコメント欄もなぜかダブルスペースとなってしまい、「コメントがすぐにいっぱいになってしまう」と教授がイライラ。
たしかに、友人のレポートと比べてずいぶん行間が広いなという印象を持つことは多々あったのですが、あまり気にせず放っておいたら、今回、教授に指摘されました。文字数指定の場合はあまり関係ありませんが、枚数指定の書類作成の時には、ダブルスペースでは書ける内容が半分です。このまま気づかずにいたら、いつか大事な書類できっと大変な目に合っていたでしょう。。
結果としては、ワードの規定の言語を英語(カナダ)にするだけですべて解決しました。
おや?と思ったらすぐ調べることが大事だとよくよくわかりました。
日本はまだまだ暖かいでしょうか。
こちらはこの2週間くらいでぐっと秋が深まり、紅葉も終わり、だいたい樹も葉を落としてしまいました。Mont-Royalの地面は落ち葉で黄色い絨毯のようになっています。
Mont-Royalタイムトライアルも、雪が降るまでは続けたいと思います。。
2014年10月9日木曜日
アジア1の英語教育
こんにちは。興味深い記事がありました。
「学校で英語を勉強しても使いこなせるようにならないと批判されてきた日本の英語教育。文部科学省の専門家会議は、小学校3年生から英語教育を始めるなどしてアジアトップの英語力をめざすとする提言をまとめました。」
NHK 時論公論(http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/200609.html)
「アジアトップ」とはいいますが、簡単にはいかないと思います。
どこまでのアジアをさしているのでしょうか。
以下、Wikipediaより
・東アジア:日本、韓国、中国、北朝鮮、台湾、モンゴル
・東南アジア:インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス、東ティモール
・中央アジア:ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン
・インド、スリランカ、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、ブータン、モルディブ、アフガニスタン
・北アジア:ロシア
・西アジア:アラブ首長国連邦、バーレーン、イラク、イスラエル、ヨルダン、クウェート、レバノン、オマーン、パレスチナ、カタール、サウジアラビア、シリア、イエメン、トルコ、キプロス
・・・アジア広し。
カナダの大学には様々なアジアの国からやってくる学生がいます。
自分がこれまで接する機会がありとくに英語を思うままにつかえていると思うのは、シンガポール、フィリピン、インドから来た留学生たちです。
これらの国出身の学生に共通するのは、大学での教育は英語で行われていたということです。
つまり、英語の試験のための勉強ではなく、英語以外の科目も英語で授業を受け、アサイメントを提出し、試験を受け、プレゼンをしてきたのです。
英語教育の目的は、英語試験のスコアがアジアトップになることではなく、学生が社会に出たときに海外の人たちと経済的に、文化的に対等に交流できることなのではないでしょうか。
本当に英語を「使いこなす」能力をつけたいのであれば、英語教育を独立して考えるのではなく、教育全体で取り組む必要があると思います。
ただし、課題は多いと思います。
1.英語で授業をするだけの語学力がある教育者の数が足りない
これは根本的にまずい状況ですが、事実だと思います。この課題については、いまの先生たちが頑張るしかないと思います。先生は頭のいい人がなるのではなくて、教えるということを通して自らが学び、結果的に学習が進んでいる、ということを聞いたことがあります。先生は常に学習の資質のある人たちがなる職業ではないでしょうか。すえに専門分野の知識に秀でている先生であれば、専門用語を覚えるのもそれほど大変ではないのでは。先生の資質の限界で学生の学習機会が限られるというのは残念ですし、すべての教育者がそれを望んでいるわけではないのでしょうか。
2.英語を将来使う必要性を感じない、というか本当に必要ない人もいる
これは選択の問題だと思います。多様な生き方があっていいと思いますので、無理に英語での教育を日本人全員が受ける必要はないと思います。したがって、義務教育レベルでは、英語の授業はこれまでと同じようでいいのではないでしょうか。ただし、英語だけではなく、海外の人との文化的な交流の機会を提供することは義務教育の段階でも重要だと思います。いざ選択する際に、判断材料をしっかり持ち合わせていないと、フェアではないと思います。
3.国語教育をさしおいて英語での教育を行っていいのか
英語の語学力と日本語の語学力は拮抗するような関係ではないと思います。つまり、どちらか一方が高いとどちらかが犠牲になる・・というものではないと思います。言語学については知りませんが、バイリンガルの方と話しても、片一方が流暢になったからもう一方の言語を忘れるということはないと聞きます。言語は使用依存的できでしょうから、片一方の言語を「使わない」せいで忘れることはあるでしょう。ただ、日本に住んでいる限り、日本語を「使わない」という状況は考えにくいです。しっかりした日本語を日常的に使う機会があれば、日本語が稚拙なレベルになってしまうということはまずないと思います。
アジアトップレベルの英語をめざすこと自体はとてもいい取り組みだと思います。
皆が知恵を出し合って、色々な選択肢があり多様性のある社会にできるといいですね。
「学校で英語を勉強しても使いこなせるようにならないと批判されてきた日本の英語教育。文部科学省の専門家会議は、小学校3年生から英語教育を始めるなどしてアジアトップの英語力をめざすとする提言をまとめました。」
NHK 時論公論(http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/200609.html)
「アジアトップ」とはいいますが、簡単にはいかないと思います。
どこまでのアジアをさしているのでしょうか。
以下、Wikipediaより
・東アジア:日本、韓国、中国、北朝鮮、台湾、モンゴル
・東南アジア:インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス、東ティモール
・中央アジア:ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン
・インド、スリランカ、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、ブータン、モルディブ、アフガニスタン
・北アジア:ロシア
・西アジア:アラブ首長国連邦、バーレーン、イラク、イスラエル、ヨルダン、クウェート、レバノン、オマーン、パレスチナ、カタール、サウジアラビア、シリア、イエメン、トルコ、キプロス
・・・アジア広し。
カナダの大学には様々なアジアの国からやってくる学生がいます。
自分がこれまで接する機会がありとくに英語を思うままにつかえていると思うのは、シンガポール、フィリピン、インドから来た留学生たちです。
これらの国出身の学生に共通するのは、大学での教育は英語で行われていたということです。
つまり、英語の試験のための勉強ではなく、英語以外の科目も英語で授業を受け、アサイメントを提出し、試験を受け、プレゼンをしてきたのです。
英語教育の目的は、英語試験のスコアがアジアトップになることではなく、学生が社会に出たときに海外の人たちと経済的に、文化的に対等に交流できることなのではないでしょうか。
本当に英語を「使いこなす」能力をつけたいのであれば、英語教育を独立して考えるのではなく、教育全体で取り組む必要があると思います。
ただし、課題は多いと思います。
1.英語で授業をするだけの語学力がある教育者の数が足りない
これは根本的にまずい状況ですが、事実だと思います。この課題については、いまの先生たちが頑張るしかないと思います。先生は頭のいい人がなるのではなくて、教えるということを通して自らが学び、結果的に学習が進んでいる、ということを聞いたことがあります。先生は常に学習の資質のある人たちがなる職業ではないでしょうか。すえに専門分野の知識に秀でている先生であれば、専門用語を覚えるのもそれほど大変ではないのでは。先生の資質の限界で学生の学習機会が限られるというのは残念ですし、すべての教育者がそれを望んでいるわけではないのでしょうか。
2.英語を将来使う必要性を感じない、というか本当に必要ない人もいる
これは選択の問題だと思います。多様な生き方があっていいと思いますので、無理に英語での教育を日本人全員が受ける必要はないと思います。したがって、義務教育レベルでは、英語の授業はこれまでと同じようでいいのではないでしょうか。ただし、英語だけではなく、海外の人との文化的な交流の機会を提供することは義務教育の段階でも重要だと思います。いざ選択する際に、判断材料をしっかり持ち合わせていないと、フェアではないと思います。
3.国語教育をさしおいて英語での教育を行っていいのか
英語の語学力と日本語の語学力は拮抗するような関係ではないと思います。つまり、どちらか一方が高いとどちらかが犠牲になる・・というものではないと思います。言語学については知りませんが、バイリンガルの方と話しても、片一方が流暢になったからもう一方の言語を忘れるということはないと聞きます。言語は使用依存的できでしょうから、片一方の言語を「使わない」せいで忘れることはあるでしょう。ただ、日本に住んでいる限り、日本語を「使わない」という状況は考えにくいです。しっかりした日本語を日常的に使う機会があれば、日本語が稚拙なレベルになってしまうということはまずないと思います。
アジアトップレベルの英語をめざすこと自体はとてもいい取り組みだと思います。
皆が知恵を出し合って、色々な選択肢があり多様性のある社会にできるといいですね。
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